生きるためだったら何でもしたわ
 そうしないと私は生きていけなかったから
 そうして私は死に物狂いでお金を貯めて、この学園に入ったのよ
 ・・・今は、とても幸せね




そういった先輩は、少しだけ疲れた顔をして笑った
俺と同じように戦争孤児の先輩はくのたまの6年生だ
先輩は6年間、こつこつと足場を固めて、その出生が壮絶なものだなんて信じられないくらい、綺麗な先輩
けれどその手は確かに努力の証である傷があって
きっと服の下に隠されているだろう傷だってたくさんあって
凄く、がんばってきてたんだ



 
私はね、ちゃんと人として生きて人として死ねれば、それで満足よ
 それ以上は望まないし、それ以下は嫌
 私の過去は消えないわ、だから私が戦争孤児だったことも、そのせいで凄く苦労して手に入れた思い出も、
 全部消えることはない
 けれどね、私は思うの




そういって笑う先輩は、疲れた顔なんてしてなかった
そうして一言言ったのだ



「私は手垢にまみれた思い出を捨てることはできないけれど、新しい思い出でそれを塗り替えることができるのよ」



先輩は俺に笑いかけた
いつもなら意地を張って、甘えたりなんかしないけど
今日だけは、と先輩に寄りかかって、図書室の静かな空間の中で目を閉じた
先輩は、優しく俺の頭をなでてくれた

それは、俺が先輩と過ごした最後の優しい思い出










学園に届いた無情な知らせ



―――  が、死んだ ―――


6年生にもなれば、危険な忍務につく
だから、死ぬ確立だって高いけれど、なぜだか先輩だけは、絶対死なない気がしたんだ
だって、先輩は凄く努力してて、強くて、でもそれをひけらかすわけじゃなくて、凄く良い先輩だったんだ
くのたまは怖いけど、先輩だけは俺たちに優しくて、何か失敗しても、仕方がないわねって笑って許してくれた
中在家先輩とも仲が良くて、時間があればどの本が良い、この本が、あの本がって、いろいろ討論してて
俺たち下級生はそれについていけなかったりして、でもそれに気づいた先輩が俺たちに話題を振ってくれたりして



「・・・なんで・・・っなんで死んじゃったんすか・・・先輩・・・っ」



だって、数日前まで、そこに座って、俺のこと撫でてくれて
優しく笑って、俺に甘えさせてくれたじゃんか・・・っ
何でいないんすか・・・先輩・・・っ
怪士丸も、能勢先輩も、不破先輩も、悲しんでて・・・中在野先輩だって、心なしか落ち込んでて・・・
なんで・・・いなくなっちゃったんだよ・・・

俺はその日、これでもかと言うくらい大泣きした
外は、先輩の死を悼むように、雨が降っていた











大泣きして、やっと泣き止んだときには、しとしとと降っていた雨も止んでいた
ぶわり、とひとつ、雨で湿った風が吹く
そのとき、誰かの声が聞こえた気がした



泣かないで、きり丸・・・私は、貴方の笑顔が好きなんだから



もう枯れたと思った涙があふれる
優しい人だった
あったかくて、姉のような、母のような、そんな人だったんだ







手垢にまみれた思い出なんて

「冷たい過去を捨てることはできないけれど、それを忘れることができるくらい幸せな未来を作りなさいな、きり丸」
(そういった記憶の中の先輩は、幸せそうに笑っていた)





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