手垢にまみれた思い出なんて



「何て言うか、物好きだねぇ」
「奇特よ」
「あり得ない」

からかう級友たちの声、自室にいるはずなのに何やら居心地が悪くなったはぷいとそっぽを向いた。
部屋にいる同級生たちともにこの忍術学園に入学してから何年も経ち、そろそろ進路の話が出始めた。
くノ一を目指して入学した者であればいざ知らず、作法見習いとして親から入学させられた女子供はそろそろ忍術学園を去る頃合いである。
これからは本格的な忍びとしての授業を受けるのだ。
作法見習いにはおおよそ必要のない、必要とするべきではない内容である。

「別に見てくれがどうとか言ってないよ」
「顔はいいんだけどね」
「そうよね、顔はね」

次に続くであろう文句を思い浮かべ、は苦笑した。

「性格がちょっとね」
「戦術も、でしょ」
「ちょ、戦術で男を判断とかマニアックすぎ」
「だってねちっこいじゃない。あれだったら潮江の方が百倍マシというか」
「ねちっこいんだっけ。立花と言えば火器でドガン!じゃない?」
「火器だけじゃ忍者やっていけないでしょうが」
「じゃあ体術の話?」

言いたい放題言われている立花仙蔵はの長年の想い人であった。
今頃くしゃみの一つでもしているかも、というほどの言われようだがあまり的外れなことを言っていないので反論することもできない。

「それにしても女子の会話じゃないわね。…作法見習いとはいえ、伊達に忍術学園の生徒をやってないわ。そんなんで卒業後大丈夫なの?」

不機嫌そうにしかめつらをする
言いたい放題の級友たちは、あらそんなと急にしなをつくる。
今さらそんなことをされても遅いと笑う。
そんな中、そうだと一人が愛想良く声を上げた。

「忍術学園最後の特大イベントとして行っちゃえば?いい思い出になるやも」
「そうよ、後で後悔しても遅いんだから」
「しないよ、そんなの」
「えー分からないじゃない。ほらほら、行っちゃえって」

ねぇと顔を寄せ合う級友たち。
恐ろしいことに全員が相手持ちである。
逃げ場がないので、は背を向け布団に潜り込んだ。

「それより、明日試験があるじゃない。早く寝ないとシナ先生に夜更かしがばれるわよ」

作法見習いとはいえ、くノ一の卵。
夜更かしは美容の敵。
シナ先生の説教を思い出した面々は布団に潜るなり、慌てて部屋に戻るなりし、深夜の女子会()は即座にお開きとなった。



湯上りらしい潮江文次郎が部屋に戻ってきた。
立花が読んでいた本から顔を上げてみれば、彼は未だに湯気が立っている。
どんだけ暑苦しいんだと言ってみた所で、当の本人にはどこ吹く風である。

「そろそろらしいな」
「何がだ」

ごく当たり前のような顔をしていた潮江は、立花の返答を聞くなり口をへの字に曲げた。
子供でもあるまいに、何をそんなにむくれることがあると心の中で思う。

「女ども、作法見習いの連中は卒業だろ」

言いたかったことを察した立花は、片眉を上げた。

「何を言い出すのかと思えば、文次郎にしては気色が悪い。中に意中の相手でもいるとかか」
「まさか。さっき風呂で小平太が騒いでいただけだ。将来を約束するのであれば今しかない!だとよ」
「ほぉ」

如何にも小平太らしい台詞である。
そういえばどこぞの娘に懸想していたなと、ここ数年の彼の奇行を思い出す。
とうとう想いを明かせずここまできたらしい。
小平太らしいといえばそうに違いないが、ここに来て告白を考えるのもまた彼らしく思える。

「それでか。最近呼び出しが多いとは思っていた」
「そりゃ、物好きだな」
「ぬかせ。私が物好きなら、お前はどうなる」
「…チ、相変わらず地獄耳だな。どこで聞いてくるんだか」

ギンギンと修行にいそしむ潮江ではあるが、最近ひそかに呼び出しをくらっていることを知っている。
頼みもしないのに、そういった情報を会うたびに流してくる女が一人。
仙蔵だから言うんだけど、といつも切り出してくるが、己がこうして張本人に話すとは微塵も思わないお人好しだ。
と、一見お人好しのように思える女。

「ま、そろそろだと思ってた方がいいんじゃねぇか」
「何の話だ」
「さあな」

潮江は再び口をへの字に曲げた。

「良いことを教えてやろう、文次郎。だけは止めておけ」
「なんだ、いきなり」
「いや、一応友として忠告してやろうと言う気になった」

表情を見て、図星であると確信する。
こんな友でも落胆する姿を見るのは忍びないからなと立花は笑う。

「見抜けぬうちは無駄と知れ」

己でさえもまだ見抜けていない。
あれはそういう女なのだ。



ギシギシと軋む廊下を曲がり、入るわよとは声をかけた。
中からの返事を確認し、障子を開ける。
下級生たちが机を囲み、何やら記している。

「先輩。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様ー」

委員会の活動日誌を書いているのが一人、その他は課された宿題なのだろう。
上の学年の忍たまに聞いているところがなんとも微笑ましい。

「くのいちの試験、終わったんですか」
「うん。とはいっても作法見習いだからね、学園側が取っている体裁みたいなものなのよ。成績不十分でも卒業できちゃうの」
「へぇ」

いいなぁと全員が声を漏らした。

「そうね、だから試験勉強とかはあんまりないの。卒業後に試験結果を利用したい人とかが頑張るくらいかな」
「利用、ですか?」
「作法見習いなのに?」
「ふふふ、まだ一年生君には分からないかな」
「ば、馬鹿にしないで下さい」
「ごめんね。でもそうね、お見合いとか嫁ぎに行くときに成績表を持っていくとかかな?どの程度の人物か評価するのよ」
「それがないと嫁げないんですか」
「まさか。そんなのに固執している人なんていないわよ。一種の目安。こんなこと学んでますよーできますよーって自己紹介みたいなもん」

嫁ぎ先を選べるような家ならいざ知らず、誘いがかからない家も少なくない。
父親は試験結果を片手に娘の嫁ぎ先を頑張って見つけるのだ。
中途半端な家が玉の輿を目指すのであればそういうこともしなければならない。
娘の器量にも大分左右されることではあるが。

「…先輩も嫁ぎに行くんですよね」
「もちろん。うちは婿を取るほど大きな商いやってないし、親が勝手に決めるだろうけどね」
「も、もう決まってたりなんかして」
「まだよ」
「ほんとですか!?」
「え、えぇ。うちの近所って、結構美人さんが多いの。わたしの順番はもうちょい後かしら」
「順番?」
「器量良しから縁談が決まるのよ」
「え、どうしてですか」
「どうしてですかって、えぇーと、まさか説明がいるの?…至極当然のことだと思うんだけど、」

何と説明したらよいか、うーんと考え込んだが目を開けると、目の前には誰もいなかった。
一瞬の事である。
え?あれ?とあたりを見渡しているうちに、声もかけず障子が開き、立花が部屋に入ってきた。
無言でを認めると、無言で机についた。

「仙蔵、もしかして後輩に何か仕込んでるの?仙蔵なら大いにやりそうなんだけど」
「何の話だ」

さっきね、とは今しがた話していた会話を復唱した。

「もう根掘り葉掘り、しまいには近所の美人が何故嫁ぐのが早いかって話になって」
「それは単にお前がお喋りなだけだろう。それより」
「ん?」
「今日は活動などないが、何しに来た」
「整理しに来たの。さっき卒業試験も終わったし、やれることはやっておかないとね」
「試験?そんなものがあるのか」
「形だけね。まぁ、不十分でも卒業できるけど、シナ先生に睨まれたまま卒業なんて嫌だからみんなそれなりに勉強してる」

お前がいるなら丁度いいと、立花は帳簿を付け始めた。
これまで時間があるときに手伝っていたので、自然とも手伝うはめになる。
いつもならそれで問題ないが、今日はずっと付き合うわけにもいかない。
頃合いを見て、はい中断とは立ちあがる。

「今日はお先に失礼します。後はおひとりでどうぞ」
「まだ済んでいないぞ」
「誰かとやりたいなら綾部とお願い。この前引継ぎしたから完璧よ、あの子」
「その心は」
「これから用事」

じゃあねと手を振り、部屋から出て行く。
ぽつんと残った立花が綾部を探そうと立ちあがる前に、床や天井から忍たまたちが姿を現した。
とっさのことで、流石の立花も少し驚く。

「あーあ、行っちゃいましたね」
「なんだ、お前ら。いたなら出て来い」
「嫌ですよ、そんな野暮な」

野暮?と首をかしげる。
潜んでいる方がよほど野暮だろうに。

「あーらら。知らないんですか?作法見習い組、今、告白ラッシュの真っ最中なのに」
「それなら文次郎から聞いたぞ」
「いいんですか」
「何がだ」
「先輩と気さくに話せる女性なんて、滅多にいませんよ」
「あ、僕、昨日先輩が潮江先輩と仲睦まじく歩いているところ見たな(嘘)」
「それは奇遇だな。私も丁度、昨日は文次郎と一日中演習に出ていたが(嘘)」

嘘に嘘で返すと、こちらの言葉を嘘と思わぬ後輩たちからすさまじいブーイングを受けた。

「どうしてそんなに邪険にするんです!」
「どうしてそんなにくっつけたがる」
「いや…、だって、ねぇ?」
「なぁ?」

お前が言えよ、いやお前が、嫌だよ怒られるだろ、ここは年長者が言うべきです。
目の前でそんな押し問答が繰り返される中、親切にも立花は誰が言い出すか待っていた。
ほらお前が言えと皆に押し出された黒門伝七が、少し上目づかいで何やら震えながらこちらに一歩踏み出す。

「先輩、非常に言いにくいんですが、」
「なんだ」
「鈍いって言われませんか?」

言われないが、と返事をしたところやはりブーイングを受けた。



試験も終わり、放課後気晴らしの甘味を食べに行き、お腹一杯で布団の上に転がる
昨夜と同じ面子が揃っているのでいやだなと思っていたが、どうやらその予感は当たっていた。

「で、オチは?」
「オチって、オチなんかないんだけど」
「いやいや、あるでしょオチくらい!!」

とりあえず、今日あったことを話せと言われたので、かいつまんで報告した。
朝、誰誰に会って、ご飯を食べて、テスト休憩に誰誰と廊下でばったりでくわして、と話したが、一から十まで話すのは結構疲れるものだなと思う。
それで、オチは?である。
ひどい。

「あんた、あの忙しい男どもと一日でたくさん会っておいてそりゃないわ!」
「忙しいの?」
「忙しいに決まってんでしょ、六年生は忍者の総仕上げなのよ」
「へぇ、あぁだからいつも泥だらけなんだ」

忍たまの中に彼氏がいる方たちはあちらの事情に明るいらしい。
何人かが詰め寄ってくる中、そんなに聞いたら可哀相よと天使の声が仲裁してくれた。

「まぁまぁ、そんなに詰め寄っちゃの話が聞けないでしょう?それで、。立花は何て?」
「仙蔵?」

天使かと思ったら悪魔だった。
流れは完璧に昨夜と一緒だ。

「委員会室でちょっと帳簿つけるの手伝っただけ」
「下級生がいたの?」
「いた…はずなんだけど、急に消えたと思ったら仙蔵が入ってきて」
「指示していたとおりね」
「あんたらが仕込んでたの」

道理で仙蔵の反応が乏しいわけである。

「それで?」
「いや、だから帳簿付けただけ」
「何か言ってなかった?」
「いや、何も」

思い出しても帳簿の話しかしていない。
というよりも今日は大して話していない。

「あんの、朴念仁が!!」

いきり立つ級友たち。
今日の報告をしていたが、まだ途中だったことを思い出したはそんな級友たちに声をかける。

「それで、そのあと潮江に会ったんだけど、」
「あ、それは別にいい」
「え、全部話せっていってなかった?」

そう詰め寄ったんだよねと確認を取るが、もはや此方の声は耳に入っていないらしい。

「…やっぱり、自覚させるのが先よ」
「でも許嫁が…≠ニか言い出したらどうする?はっきり言っていそうなキャラだし」
「確かに、女の誘い全て断ってるとなるともうそれしか考えられない」
「分からないわよ?男色かもしれないじゃない」
「んなもん、体に言い聞かせればいいのよ」
「体にって、立花強いよ?」
「やり方があるんじゃないかしら」
「そうね、それじゃあ一年は組の子を使おう」

円陣を組んでよからぬことを相談していた級友たちだが、よしと全員立ち上がる。
布団の中に入り、うつらうつらしているに声をかける。

、私たち今からちょっとお花を摘んでくるから」
「いやいやいや、絶対に嘘!厠とか信じるわけないでしょう、聞こえてないとでも思ってるの!?」
「大丈夫。任せておいて」

立花ゲットだぜと意気込みながら出て行く面々。
何をする気なのやら、少し不安になった。



卒業の日。
先生や級友たちに別れを告げた後、は卒業生を見送りに来ていた、乱太郎・きり丸・しんべえをひっそりとお茶屋へと連れ出していた。

「てなことがあって、」
さん、それで…その後は?」
「もちろん断ったわよ」
「えぇ!?どうしてですか」

三人に話したのは「いつぞやの朝方、仙蔵が嫁に来てくれと言いにきた」というところまでだ。
しんべえがお茶をこぼしそうなくらい驚いている。
それもそのはず、が立花に惚れていると言う噂は忍術学園中に知れらていた。
本人も特に隠していなかったが、あえて広めてもいないというのに、ここまで広がっている噂はかなり珍しい。

「わたしが好きでもね、うちの何の得にもなるかどうかは身内が判断するの。それに本心でそう言ってきたのか、分からないしね」
「えぇ、本心でもないのに告白ってするんですか!?」
「しんべえは黙って。ご実家、なにをされているんです?」
「武家だからねー何してるのかしら、警護?」
「あれ?何かの商いって噂聞いたけど、」
「嘘よ嘘。そんな、身の上を簡単に言うわけないでしょう?忍術学園なんて色んな人間が集まるんですもの。就職先も様々なのに」

あっけらかんと言い放つ
三人はそうですかと頷くしかなかった。

「あのそれで、立花先輩はその後どうされたんですか?」
「知らないわ。そうかと言って帰ってった」
「えーと、立花先輩のこと好き、なんですよね?」
「今は一応それなりに」
「あれ?嫁ぐの嫁がないのっていう話も嘘だったんですか」
「よく知っているわね」
「作法委員の忍たまから聞きました!」

えっへんと胸を張るしんべえには笑う。
この三人と下級生の一人が仲の良かったことを思い出した。

「決まってないのは本当。父様や周りの判断で決まるんじゃないかしらね」
「へぇ…。で、身の上を簡単に言わないつもりなら、こんな話、なんで私たちなんかにするんですか」
「もちろん、頼みたいことがあるからよ」

にっこりと笑いながら団子の追加を注文される。
あれ、なんかまずい展開?と思い始めた乱太郎ときり丸だったが、逃げる間もなくしんべえが団子を平らげてしまい、逃げられるはずもなかった。

「まぁ、気が向いたらよろしくねー」

笑顔で手を振るに三人は手を振り返し、見えないところまで歩いていくのを見届けた後、忍術学園に向かって歩き出した。
しばらく沈黙が続いていたが、しんべえがぽつりと口を開いたのを皮切りに三人は一斉に喋りだす。

「女の人って恐い」
「ていうか、俺ら、誰にでも目をつけられてんのな」
「どうする?立花先輩に伝言、伝える?」

頼み事とは、誰にも内緒で立花仙蔵に伝言をお願いしたいと言うことだった。

さん、伝えなくてもいいよって笑ってたよね」
「いや、でも、決めるのは先輩だし」
「婿でもいいならうちの城に就職なさい≠ゥ。一応伝えとこうぜ」
「伝えたら、立花先輩行っちゃうのかな」
「元気出しなよ、しんべえ。行くとしても卒業後の話だよ」

しんべえの尊敬する先輩の一人である。
の言う城は、忍術学園から大分遠い。
親が手広く商いをやっているしんべえでも、やはり忍術学園から遠いところに就職されるともう会えないのではという思いになる。

さん、元気そうにしてたけど、なんだか少し寂しそうな顔だったね」
「来ないだろうけど、って言ってただろ。来ないの察してんだ」
「どうして?」
「あの人の城、勢力的には可もなく不可もないってところだし、わざわざ立花先輩が就職先に選ぶような所じゃないぜ」
「そうかなぁ」
「あの二人なんだかんだで仲が良かっただろ。それなのにわざわざ俺たちに伝言を頼むなんて変だと思わないか」
「立花先輩がさんの嘘のこと見抜いてて、それをさんも知っていたってこと?」
「えぇーよく分かんないよそれ」
「多分。まぁ、色々と嘘ついてたけど、立花先輩を好きなのは本当なのかもな」
「きりちゃん、人の事疑いすぎだから」

騙されるよりはいいじゃねーかときり丸はむくれた。

「でもなんで婿なのかなぁ。武家と言ってもそんなに格式高い家柄って少ないよね。普通女の子はお嫁に出しちゃうし」
「あそこにそんな家仕えてたかな」
「たしか、数年前にお殿様が倒れたお城だよね」
「そうそう、身内が少なくて内乱が激しくてな、俺なんて結構稼がせて貰ったっけ」

へぇーと二人は頷くが、どこか引っかかった。

「お殿様が倒れて…?」
「身内が少なく、次のお殿様がすぐに立たなくて…?」
「きりちゃんが稼ぎに行くほど戦が多くて…?」

あともう少し、もう少しで何かが分かるのに。

「あ、分かった!」

しんべえが声を上げた。

「僕たちが目つけられてたのってきり丸のせいだよ!」

あ、そうかもと乱太郎ときり丸は顔を見合わせた。



外に人の気配を感じ、はうっすらと目を開けた。
障子の外はほんのり明るいが、まだ辺りは暗い。
上着を羽織り、そっと障子を開けると、案の定、立花が廊下に佇んでいた。
誰かが厠に起きたらどうするのだと一瞬思ったが、そこまで間抜けではないだろう。
同室の級友を起こさぬよう、そっと部屋を出、障子を閉める。
何も言わずに歩き出した立花の後を追って、裸足で草を踏みしめた。

「嫁に来てほしい」

しばらく歩いたのち、振り返りざまに言われは思わず微笑んだ。
まぁ、そういう話だろうなと思っていたが、本当に言われるとは思わなかったのだ。
素直に嬉しかった。

「嬉しい。でも駄目」
「…。」
「怒った?」
「いや、なんとなくそんな気はしていた」

が嘘をついていのが分かるようになったのはいつからだろうか。
故郷の話、家族の話は大抵嘘だと見破れるようになった。
そのせいか、彼女に懸想する男の話を耳にしても何とも思わなくなった。
どうせ頷くはずもない。
こうして、彼女の嘘を知る己ですら本当の事を知らぬのだ。
何も知らぬ男にほいほいほだされる女ではないと。

「仙蔵、」

思いつめたようにこちらを見られ、ぎくりとする。
しかし、その次に出てきた言葉に意表をつかれた。

「就職先は決まった?」
「…い、いや、まだだが」
「決めているところとかあるの」
「少しは」
「どこ?」

普通他人にそういうことを教えないものだが、と思ったが、他ならぬであるためしぶしぶ教えることにした。
ぽつりぽつり、考えていた就職口を口にする。
真剣に聞いていただが、最後まで口にすると残念そうに息を吐いた。

「私の就職先に関係するのか」
「関係しないわ、全然」
「そうか」
「いいの、ふっきれた。そのどこかに就職してくれれば、恐らく敵になることもないでしょう」
「お前だけふっきれてどうする」
「敵になったほうがいいの」
「そうではない…お前がもう少しヒントをくれれば、どうにかしようがあったんだがな。寄こすのはどうしようもない情報ばかりだ」
「そこにヒントがあるとは思わないわけ」
「思わない。そんな中途半端な女ならとっくに知れた」

その通り、仙蔵には何もヒントを与えていない。
卒業すれば確実に会えなくなる。
今まで毎日会えたのに、ささやかだけど本当に幸せだった。
あぁ、だめだ、ふっきれたなんて嘘。

「仙蔵、本当はわたし、」

言いかけた口は、真面目な顔をした立花に大きな手で覆われた。

「何のための嘘だ。今さら話して、台無しにする気か」

静かに怒られ、涙があふれてきた。
身内を売りたいのではない。
でも、このまま別れたくはない。

「こんなことなら全部嘘をつけばよかった」

笑うしかないので笑った。
仙蔵は何も言わないので、余計みじめに思えた。
笑った瞬間、涙が頬を伝った。

という名は本物か」
「えぇ。苗字は違うけど…」

忍術学園の中で、名前だけは偽りなく。
後は全て嘘で塗り固め、素性は学園長にしか教えていない。



嘘を言えと立花の目はを見た。

「お前のところに行けば私は雇用されるか」
「…我が城が素性の知れぬ女に懸想する忍を雇うとでも?」
「そうだな」

頬に伝った涙を拭われる。

「嘘が上手い女だ」


20111114

夢企画「スリーストーリーズ」様に投稿致しました。
同じお題に三人の執筆者様がいるという素敵な企画です。
公開まで待ちきれませんが、楽しみに待っております!!

marina
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