「さよなら。割と楽しかったよ」
 そう言って笑ったら、君は泣きそうに顔を歪めたよね。知らないだろうな。私はあの時、君がどれくらい私を好きでいてくれたのかを知って、死ぬほど嬉しかったんだ。
 さよなら、さよなら、さよなら。私が言った。私から言った。だからもう戻れないと、堅く覚悟を決めた。
 あの瞬間から、否、それよりもうんと前から、私はずっと信じてもいない神様に祈ってる。
 君が幸せで在りますようにって。嘘じゃないよ?

 出会った日を覚えてる? 覚えてるよね。だって強烈だったもの。特に君にとっては。
 他の子が忍たまを池に落としたり罠にかけたり可愛い悪戯をしている中、私は君を力技でねじ伏せた。楽しく話していたのに、いきなり足払いをかけられてマウントを取られたものだから、凄く驚いてたよね。私の吐き捨てた台詞も大概だった。「これが実戦だったら死んでるよ?」だっけ? クナイも突き付けたよね。今思えばあれはなかったなぁ。空気読めてなかったよね。
 それでその後、悔しがった君がしつこく再戦を挑んできたのが仲の深まるきっかけだったかな。君はあの時から粘着質だった。
 たぶんね、先に好きになったのは私だよ。毎日毎日食堂で私を見付けるなり怒鳴ってきて、組み手を申し込んできた君を最初は心底煩わしく思ってたんだけど、何回倒しても立ち上がってくるものだから、段々惹かれていったんだ。その強さは私が求めていたものだから。羨ましくて眩しくて、気が付いたら好きになってた。

 粘着質で意地っ張りで頭が固くて、そんな君だから、私に告白するときも凄い顔してた。「好きだ」って言ってくれたよね。恥も外聞も全部捨てて。嬉しかったんだ。私も君が大好きだったから。
 ごめんね。あんな返事しか出来なくて。「んー、まあ人生楽しむには恋も大事だよね。いいよ? 仲良くしましょうか」って私、言ったよね。 ほんと、どこまでも可愛くない女でごめんね。
 あんな風に言われたら誰だって前言撤回するだろうに、君はしなかった。むしろ私の目の錯覚じゃなければ、喜んでた。いい奴だよね。ほんとにさ。そういうとこ、凄く凄く、好きだったよ。
 自分からは何のリアクションもしない私を、顔を真っ赤にして逢い引きに誘ったりしてくれたよね。初めて接吻したときなんて、色の授業はもう受けてるだろうにこっちが恥かしくなるくらい照れてた。遠出をしたときは絶対お土産を買ってきて、一緒にお茶をしたよね。私も君も甘いものはあまり好きじゃなかったから、塩味の利いたお菓子が多かった。

 実習でペアを組んだ時は敵無しだったなぁ。君ったら忍務になるといつもの女扱いどこ行ったってくらいこき使うんだもの。まあ私の力量をきちんと認めてくれていた結果なんでしょ? 知ってたよ。でなきゃ怒ってたって。出来て当たり前みたいな態度、ムカついたけど嬉しかった。どうしても男女差ってものに神経質な私だったけど、性別云々じゃなくて能力を重視するっていう考えを君が教えてくれた。
 なのに街へ逢い引きに行ったら先に椅子に座らせてくれたり奢ってくれたりって、甘やかすんだもんなぁ。あのギャップは今でも笑える。仕事で夫婦のフリするときはけろっとした顔してるくせに、デート中に「ご夫婦ですか?」って聞かれたら狼狽してさ。照れる境界線が分からない。それで私が笑ったら怒るんだもの。理不尽だったよねぇ。あ、怒ってないよ? うん。つまりそんな君も可愛いってこと。君を可愛いなんて言う人間、私以外いないだろうなぁ。あはは、やっぱ笑える。

 初めて人を殺めた日。偶然だけど、同じ日だった。
 誰にも何にも頼らないって決めてたから、私は一人で自分を抱き締めて耐えていた。そしたらどうやって来たのか、君はくのいち長屋に忍び込んできたよね。私と君のこと知ってたから、先輩方も先生も黙認してくれたんだろうな。でなきゃ私の部屋まで辿り着けるはずないもんね? それで、こんな会話をした。
「人を殺したら、女を抱きたくなると先輩は言っていた。あの時は三禁だ何だと抜かしたが、なるほど、それは俺にも適用されるらしい」
「酷い口説き文句だねもっとマシなこと言いなよ」
「うるさい」
 恋人と初めて寝る夜とは思えないほど殺伐とした雰囲気だった。お互い未経験ではなかったしね。二人で学園を抜け出して、安っぽい宿を一晩借りた。いつもより乱暴な口付けをして、そのまま肌を重ねた。温もりを求めて、死体には絶対に出来ない表情と、動きと、声に溺れた。朝練が始まる前までそうして、陽が昇る前に学園へ戻った。君の汗ばんだ腕枕と、びっくりするくらい早い心音は今でも覚えてるよ。
 何かのタブーみたいに口付け以上はしなかった私たちだけど、これ以降はたまに床を共にするようになった。

 絶対に君に寄りかかろうとしない私を、問い詰めてきたこともあったよね。そんなに俺は頼りないのかと言う君に、私はそんなことないと答えた。それで、ちょっとだけ家庭の事情ってやつを教えた。
 申し分のない正当な血筋を持つが女子である私と、男子ではあるがあまりに身分の低い母を持つ弟。由緒正しい名家・において、私たちはある意味対等な跡目候補で、私は家督争いの真っ直中にいるのだと。
 だから私は誰にも頼らないよう教えられ、そうやって生きてきた。君に甘えないのも、それが理由なのだと。
「君は部外者だから、これ以上の立ち入りは禁止ね」
「だが、」
「き・ん・し。君には関係ないよ。関わる権利もない。私と君は、楽しい嬉しい恋人同士。面倒なものは持ち込み不可。そこんとこ、よろしくね?」
 心配してくれる君を、私はこうやって遮断した。卑怯だったよね。君の優しさを知っていて、君が私を大切に思ってくれていることを知っていて、だから暗に首を突っ込んだら別れるという意志を示して、遠ざけた。卑怯なのが忍者だと、君は笑ってくれるだろうか。

 それでも、どうしても我慢できなくて、君に甘えたこともあった。君はあれが? と首を傾げるかもしれないけど、あれが私の精一杯だったんだよ。
 辛いことがあると、君の部屋へ行って、大抵机に向かっている君の背中に抱き付いた。寂しいのを悟られないように、君が机に頭をぶつけるようにわざと強く飛び付いてたの、知ってた? そしたら君は怒るから、私もからかうように笑ってられた。油断大敵って、助けを求める代わりに言ってられた。
 私から君に会いに行くの、珍しかったでしょ? 君を怒らせるために会いに行ってるみたいだったでしょ? 違うんだよ。どうしようもなく君に会いたくなって、堪えきれなくて、君に会いに行ってたんだよ。でもそれを悟られるわけにはいかないから、ああしてたんだ。私もなかなかの意地っ張りだったよね。照れ隠しの割には、容赦がなかった。わざわざエグい罠を用意したりもしたし。君と話したかっただけって言っても、信じてくれないだろうな。
 穴に突き落としたら、親の仇みたいに睨み上げてくる君が好きだった。君の視界にいるのは私だけなんだって思うと、歪んだ独占欲が満たされた。巻き込んでごめんね。本当に、反省してる。もっと素直に甘えられたら良かった。抱き締めてって、目を見て言えたら良かったのに。どうしても出来なかった。全部投げ出して君に飛び込んだら、自分が自分じゃなくなると思ってた。

 情事の後、一緒に迎える朝がこの世で一番幸福な時間だった。
 君の腕の中で目覚めると、泣きたいくらい安心した。世界は君だけで出来ていて、そこに自分がいるのだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。息を吸うたびに、体の中から洗われるような、何か尊いものに満たされるような、そんな感じがした。
 無防備な君の寝顔に唇を寄せて、無骨な君の腕に体を預けて、傷だらけな君の胸に額をくっつけてまどろむのが好きだった。君の心臓の音が、君が生きていて、私が生きているという事を教えてくれた。
 私はいつも君より早く起きてたんだよ。寝たフリしてたから君は自分の方が早起きだと思ってたでしょ。
 知ってるんだよ。君は起きたら必ず一度私を強く抱き締めて、額に口付けをして、小さな小さな声で、好きだって囁いてくれたよね。言ったらもうしてくれないと思って黙ってたんだけど、あれね、凄く嬉しかったんだよ。私ここにいてもいいんだなぁって、そのまま死んじゃいたいくらい幸せだったんだ。何もかもが嫌になって、死んでしまいたくなったら、君の腕の中で死のうって、いつも思ってた。結局そんなことにはならなかったけど、今思えば死ななくて良かったな。君はきっと一生引きずっただろうから。君のせいじゃないのにね。

 私は君より半年早く卒業した。状況が変わったのが理由だった。いつ卒業しても大丈夫って太鼓判は貰ってたから、私は同級の中で誰よりも早く学園を去った。
 学園を発つ前の日、私は君に別れを告げた。卒業のことは先生にも友達にも口止めしてたから、君は私がいなくなるまで知らなかっただろうな。
 君は、いつか私が君を突き放すって、覚悟してたよね。まあ、私がそうし向けたんだから、当たり前だけど。だから、私が立ち去っても追いかけてこなかった。追いかけてほしかったとは言わないよ。それはワガママを通り越して罪だから。泣き顔も見られたくなかったし。
 ほんとはね。ありがとうって言いたかったんだよ。さよならだけじゃなくて、感謝をしたかった。こんな私と付き合ってくれてありがとうって、世界で一番好きだよって。言いたかった。でも、それを言ったら君とほんとは別れたくないってことも言ってしまいそうだったから、我慢した。
 学園を一歩出た瞬間、私はもう君の知ってた私じゃなくなってしまうから、それもあったのかもしれない。

 君は今どこで何をしているのかな。忍者をやってはいるんだろうけど、どんな仕事をしてるんだろう。ときめいちゃうくらい冷たい瞳を、誰に向けてるんだろう。私ではない誰かを、好きになってしまったのかな。それは少し、悲しいなぁ。
 もう六年も経ってしまったね。私は君と過ごした時間と同じくらい、君のいない時間を過ごしたよ。
「好きだよ」
 結局一回も言えなかった言葉をそっと紡ぎながら、使い慣れた懐剣を鞘から引き抜いた。そろそろ時間だ。
 視界に入ってくるのは、辺りを覆い尽くさんとする炎。品の良い気に入っていた自室は見る影もなく、崩れるのは時間の問題だった。

 私は跡目争いには勝利した。数え切れないほどの人を騙し、命を屠り、人として最底辺に堕ちて、母の望んだ当主の座を手に入れた。
『強く在りなさい。男などに負けぬほどの力を身に付けなさい。家次期当主は貴女。あのような下賤な女の血を引く子なぞに渡してなるものですか…!』
 母は可哀想な人だった。夫である当主を愛し、私を愛していたからこそ壊れてしまった。まだまだ幼かった私に、必要以上に厳しくし、呪詛のようにただ強く在れと説き続けた。そして私は、母が望んだとおりの子となった。誰にも頼らない人間になった。誰よりも何よりも好きだった恋人にも、弱味を見せられない人間に。
 そして、当主になって三年経った今日。殺したはずの弟が、私を殺しにやってきた。どうやら切腹したのは彼の影武者だったらしい。
 知っていた。あらゆる面で私に劣っていた弟が、たったひとつ、私より勝っているものがあることくらい、知っていた。あの子は、人に慕われる。誰もが、あの子を助けたいと集まっていく。私にはないものだ。だって私は、人に頼らないから。
 予想はしていた。こんな最期だろうって、ずっと考えていた。あの子の才能を知った日から、この結末を思い描いていた。だから、私に付く家臣の数が減るように敢えて行動したのだ。私と一緒に死ぬなんて、あんまりだから。そんな人生、可哀想だから。
 でもね。親愛なる我が弟殿。私はこの首を貴方にあげたいとは思わないの。誰かの手柄にしてやる気もないの。
 ぐっと剣先を喉に突き付ける。これを力一杯押し込めば、私の命は終わる。
 ぼろぼろと、涙が溢れた。何年ぶりに流す涙だろう。悲しい涙じゃない。嬉しくて、私は泣いていた。
 ああ、良かった。
 私、笑って死ねる。

(文次郎)

 君のお陰だよ。私は幸せだった。これ以上ないくらい、幸せだった。君と過ごした六年があれば、地獄にだって喜んで落ちて行ける。ありがとう、ありがとう、ありがとう。大好きだったよ。幸せな恋をさせてくれて、ありがとう。好きになってくれて、ありがとう。私の人生は、君がいなければどんなにつまらないものだったろう。君がいたから、笑って死ねる。君がいたから、悔いはない。ありがとう、恋しい人。
 そして、笑ったまま喉を突こうとしたときだった。
 ガキンッ
「!?」
 しっかり握っていたはずの懐剣が、横からの衝撃に弾け飛んだ。驚いて目を見開けば、炎の中へ消えていく懐剣と、苦無が見えた。
 くのいち教室で鍛え上げた精神と肉体が、瞬時に自害を邪魔した人間へと攻撃を試みる。内掛けの中に隠しておいた棒手裏剣を放てば、相手はプロなのかその全てを叩き落とした。弟の配下に忍者はいなかったはず。ならば、わざわざ雇ったのか。ご苦労なことだ。
 首を取られたくないという、最後のプライドが私の体を動かしていた。残った武器を全て人影に投げ付けると、懐剣を拾うために炎の中へ飛び込んだ。
「!!」
 けれど、名を呼ばれ、後ろから伸びてきた手に引き戻される。そして、その勢いのまま抱き締められた。暴れるなんて、出来なかった。背後から聞こえてくる息遣いと、心音を私は知っていた。
 幻だと、思い込んだ。そして、なんて残酷な幻だろうと自分を呪った。けれど強く強く私を抱き締める腕に現実だと認めるしかなくて、せっかく決めた覚悟が、見事に瓦解した。
「なんで!」
 何で来たの、何で助けたの、何で私の前に現れたの。涙声で、叫ぶように問う。そんな私に、抱き締める腕の力がより一層強くなった。炎はもう部屋全体に回っていて、時間がないからか彼の言葉は捲し立てるようだった。
「こっちの台詞だ! どうして俺を置いて行った、どうして俺を頼らなかった、どうして俺を、選らばなかった!!」
 きっと何度も何度も心の中で私に問い掛けたのだろう。それが分かるくらい、はっきりした言葉だった。
 だって、と私が口を開く前に、体を反転させられて、唇を塞がれていた。一瞬の口付けの後、彼はいつかのように私を睨み付ける。
「お前からの言葉を待つのはやめた。置いて行こうとしてもいい、頼らなくてもいい、選ばなくてもいい。俺は絶対に、もう二度とお前を放さない。泣いて叫んでも、聞いてやらねぇからな」
 後手に回るのはたくさんだ、と締めくくり、宣言通り勝手に私を抱え上げると、唯一の逃げ場所だった窓から飛び降りた。滅茶苦茶だ。下は流れの激しい川。飛び込もうものなら、死んでしまう。自害を覚悟していたはずなのに、思わず恐怖から彼の首にしがみ付いていた。けれどいつまで経っても水に沈む感覚がしないので恐る恐る目を開ければ、そこは川下り用の船の上だった。
「しっかり掴まってろよ」
 それだけ言って、優しく私を降ろすと彼は慣れたように船を操る。いつの間にこんなこと出来るようになったのか。少なくとも、学園にいた頃はやっていなかったはずだ。
 川の流れは速くて、どんどん屋敷から遠ざかっていく。夜闇に煌々と燃え上がるそれは、確かに、私が生まれ育った場所だった。きっと、これから弟が新しく屋敷を建てて、一人で何もかもを決めていた私とは違い、皆と話し合って領政を進めていくんだろう。容易に想像できる。

「諦め切れなかったんだよ」
  随分と川を下って、もう屋敷も見えなくなった辺りで船を止め、陸に降りて一息吐いた。そして改めて私の元へ来た理由を問うと、彼はそう答えた。
「お前に別れを告げられて、納得しようとしても無理だった。会おうとしたら、もう会えねぇ場所にいた。後悔した。あの日、どうしてお前を追いかけなかったんだって」
 ふう、と息を吐き出して、言葉を続ける。
「の情報は、学園を卒業した後も頻繁に集めていた。いっそ浚いに行こうかとも思ったが、拒まれると分かっていた。お前は俺より家を取った女だからな。で、時期を待ったんだ」
 弟にも協力したと、彼はあまりにあっさり明かした。
「お前を貰うって条件でな。もちろん、二度とには関わらせない」
「相変わらず甘いんだね、あの子は」
「そうだな。ま、その分家来が冷徹みてぇだし、問題ないだろ」
 木に背を預けている彼の膝の間に座り、その胸に背中をくっつけると、懐かしい匂いがした。
「つまりあれかな。私は今日から君に監禁されるのかな」
「んなことしねぇよ」
「じゃあどうするの」
「嫁にする」
 当たり前のように言われた。
 あまりに淀みがなかったから、思わず聞き流してしまいそうだった。
「…冗談?」
「なんでだよ!」
「だって君、私に一回フラれてるんだよ? 男のプライドとか、そういうの、ないの?」
「プライドより、俺はお前が欲しいんだよ」
 脇の下に腕を差し込まれ、抱え上げるようにして体を向かい合わせにさせられた。私ってそんなに軽かったっけ。いや、彼が力持ちになったんだろう。これでも鍛錬は続けていたから軽くはないはずだ。
 炎の中でそうだったように、彼の目は私を射抜くように細められている。六年ぶりにしっかりと見詰めるその顔は、別れたときよりも精悍で、格好良かった。
「好きだ」
 昔、私に告白したときよりも穏やかな表情で、彼は囁いた。それから、あっけにとられているせいで何も言えない私に不満そうに唇を曲げると、少し考える素振りを見せてからもう一度口を開いた。

「愛してる」

 この世で最も美しい言葉が、この世で最も大事な人から、私のために紡がれた。それだけで、心が満たされるようだった。
「お前は『好き』じゃ足りねぇらしいからな。それに、恋じゃ陥落してくれねぇんだろ? なら、愛をやるよ。だからもう、どこにも行くな」
 くしゃり、と自分の顔が盛大に歪むのが分かった。引っ込んだはずの涙が、また溢れ落ちる。うえっ、と、子供のようにしゃくりあげた。
 そんな私を引き寄せて、腕の中に閉じ込める彼は変わらず穏やかな声で言う。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、お前を愛し、お前を敬い、お前を慰め、お前を助け、この命ある限り、真心を尽くすことを誓う」
 昔二人で読んだ本にあった、南蛮の婚約における誓句だった。婚約なんて仕事みたいなものなのに、いちいちこんなこと誓ってたら切りないよね、と私が笑ったものだった。
 ぐっと顔を上げて、優し過ぎる視線を私にくれる彼を見る。そして、すう、と息を吸い込むと、小さく囁いた。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、君を愛し、君を敬い、君を慰め、君を助け、この命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
 言い終わると、彼の大きな掌が私の頬を包んだ。そして、涙に濡れた私の瞼に一度口付ける。少しだけ離れて、もう一度見詰め合ってから、今度はどちらともなく唇を重ねた。

 私たちの恋は、六年前に終わってしまったはずだった。
 けれど今日から、今度は愛に形を変えて、また育んでいく。
 その喜びに、魂がうち震えていた。

 

百年の恋よ冷めろ



 そして、千年の愛よ燃え上がれ。

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