”””百年の恋よ冷めろ”””






森の中に蟄居した屋敷。人の目を逃れるように隠された平たい建物は、その似つかわしくない巨体をその落ち着いた色使いで隠していた。数多ある武家屋敷の中で、この屋敷の建築様式は一般的な書院造でちりばめられている。
屋敷の一角には、知識にあふれた一室が設けられていた。「図書室」と呼ばれるそこは、おいしい料理の作り方から野草が及ぼす人体への影響、穿った表現をすれば毒殺の方法を記した書物など、資料が山と詰まっている。
その室を管理、任されているのは齢15の少年であった。15とはいえ彼の風貌は並みの成人と同等、あるいはそれ以上の貫禄をまとっている。そしてそれ以上の戦闘能力が、彼をこの室の責任者たらしめている。
図書室での活動は膨大で、ともに活動している図書委員は少数精鋭がウリである。とはいえ図書委員は全員学業を掛け持っているので、委員長である彼も取り寄せた新しい書物のえり分けなど、率先して活動を行わなければ仕事が回らなくなるのだ。珍しく1人だけの図書室ではかどっていた集中力が、障子が敷居をすべる音でふつりと切れた。

「図書委員の仕事中だったか長次。すまない」

まったくかまわないとは思わなかったが、長次は頭を横に振って否と答えた。久しぶりに図書室に現れた同級生は、図書室でのあるべき行動を取るわけでもなくただせわしなく切れ長の目を動かす。えり分けはすぐ再開したが、書物を読むわけでも借りるわけでもなく、かといって室を去ることもない同級生に、長次は仕方なく猜疑した。

「………どうした、仙蔵…」

ようやく、神経質そうな瞳がこちらを向く。長時間目標と戦っているらしく、両の柳眉がすこし寄せられていた。少しの振動で揺れる彼の長髪がしたたかに波打った。

を見ていないか」
「見ていない」

彼は静かな空間を好むが、意図的な静謐を辟易している。ここにくることなど稀だ。

「そうか。くそ……教室にもいない、木の上にも、長屋にも、いったいどこにいるんだ……」
「硝煙蔵……じゃないか………?あれは火薬委員会委員長だ…」
「まさか。あいつは………いや…しかし……」

仙蔵は本来こらえの利かない男ではない。客観的に判断を下すことができるし、その判断には冷酷とすらささやかれる。それが、このような感情を剥き出しにして。

「………は…気難しい……やめておいたほうが」
「ああ、お前は若衆道に興味がなかったな。何がわかる…?」

長次はあえて彼の琴線を弾いた。仙蔵は凶手すら射殺す眼差しで見事長次を一瞥し、足音も気配も消して室を後にした。怒りの感情だけを煌々と残して。


”……ああ―――――”










広大な敷地の端に建てられた、ややもすると見落としそうなほどにひっそりうずくまる倉。あらゆる光を拒み、挙句太陽に愛想を尽かされたその倉は、人には忘れられることなくしっかりと管理されている。
倉の棚を埋め尽くす、壷と硝石の詰められた木箱と、建物を形造る木の香り。棚の奥に、一見わかりにくい場所に設置された階段に寝転がるは、この無粋なにおいにももう慣れていた。点検程度にしか人の入らないそこで力いっぱい気を抜いていたら、火薬庫に光と呼び声が一条刺さった。

「おい
「ああ………」

棚が死角で姿が見えないが、高飛車な声色には記憶の巾着に残っていた。残っていたが、結び目が複雑で開かない。なんていうんだったか。

「忘れたとか言うまいな。仙蔵だ!いい加減にしろ!」
「ごめん、80%自信あったんだけど」
「巫山戯るな。……この私が、口先だけの謝罪で許すと思うのか?」

謝ると反比例した表情で、仙蔵は一歩歩を進める。暗がりのなか優美な眉はすっかり吊り上がり、洗練された白磁の指は煮えたぎる怒りを静めるように強く握っていた。ああ、どうしてこいつは、そんなに怒るんだ?自分より高いの袷の布を掴んで、自分の体を押しつける。そして体をすり寄せ。
は彼の髪ごと包んで、その薄い唇を塞ぐ。柔らかな入り口をぺろりと舐め、開いたその隙間に舌を差し入れる。絡め、撫で上げ、形のよい顎に当てた指をつぅと首筋に寄せる。仙蔵は、こうされることにたまらない快楽を感じた。

「火種は持ってないよな」
「当然だ」

夢半ばで心中などごめんだ。

「俺のことが好きか?」
「何をいっている。逆だろう?」

温度のない玉顔に見据えられ、薄く笑む。頬を撫でてやると、くすぐったそうによじった。


”本当に、天邪鬼なやつだ。”


数多いる愛玩人間の中で、彼のことはこう認識して憶えるようにしている。

「いい子だ」

は猫のような彼の袷をするりとほどいた。


””ああ、もう―――――””




















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