やばい。まじでやばい。これは大変な事だ。とんでもない。絶体絶命。進退窮まっちゃってる。背水の陣だ。のっぴきならない。だからつまりヤバいんだって。







私は這いつくばっていた。絶望のポーズをとるためではない。気持ち的にはあながち間違ってるとも言えないけれど、そんなことしている暇があれば早くアレを見つけなくてはならないのだ。膝をつき手をついて文字通り這いつくばう格好になり、目を皿にする。アレ!アレ!どこにいったアレ!!絶対無くしたりなんかしてはならなかったアレ!!
アレが無いと気付いたのは半刻ほど前だった。だがどこに置いてきてしまったのか、はたまた落としてしまったのか全く思い当たらない。手当り次第に探したはいいが、見つからない。ないない尽くし。どうしよう。仕方が無いので今はこうして裏庭を這って探し中だ。最近ここ通ったっけとか前来たのいつだったとかは考えたら負けだ。ここで見つける!なんとしてもここで見つける!昨晩の実習で行った裏々山に落としてなんかないんだから!激しい動きとかけっこうしたけどあそこには落としてないから!あのだだっ広い山の中からアレを探すとか考えたくもなくて自分で自分に言い訳してるんじゃないぞ、安心して私。大丈夫よ私。ほらこうやって分かってるじゃん。大丈夫だなこれは。大丈夫になっちゃったこれ。悪いね!いや悪くないか。まぁいい、でも、ああ、なんかすっごいほら!考えてたらここにある気がしてきた!あるよあるある。畑とかも見つけちゃった(いつ出来たんだろう)し。いよいよアレも見つかるフラグだな。そうとなれば太陽を背中に地面とコンニチハ。下級生のぎょっとしたような顔はおろか、上級生の哀れむような視線だってものともせず、もくもくとはいはいだ。うん。今なら何がきても負けな


べしこん


入った。これは、間違いなく入った。私来ていいつったけど入ってもいいとは言ってない!そう簡単に思春期の女の子の家に入れると思うな玄関までに決まってるだろこの野郎!ーーー後頭部に踏み鋤をかまし込んだフトドキモノを振り返る。ちょっと本当これ、私頭へっこんでない?あまりに痛くて声でなかったぞ。予想と違わずそこにいたフトドキモノ、綾部喜八郎は、やっぱり予想と違わぬ無表情だった。くっそこんなに睨んでるのに何とも思わんのか貴様!!


「何。なんか用?」


その場に座り直し尋ねると、何を思ったかやつもまた腰を下ろしーーー


「なにしてるの?」


ーーー「なにしてるの?」って聞かれた。聞いたんじゃないよね、聞かれたんだよね。そうか、うん。私にはこいつが分からないということを再認識。こういう性質の人と会話をもつ時は、これが分かってると分かってないとではかなり違います。持論です。


「・・・さがしもの。」


受け答えはなるべく簡潔にします。変に修飾語をつけると話があらぬ方向へ逸れるからです。気をつけましょう。まぁ別に綾部と私の探し物について深く談義する必要はないんだけどさ。というか何素直に答えてるの私。あれか。頭強く叩かれたからか。くっそ、どうせならアレを無くしたという記憶を奪ってくれよ。ってほらもうまた思い出したくないこと思い出して頭痛いじゃんかお前のせいだぞ綾部喜八郎。はっ!ひょっとしてあんた裏々山派か!あいつらからちょっと様子見てこいよって言われてきたんだろそうなんだろ!はんっ、お望み通りこちとら収穫なしだよてやんでいべらんめい、・・・私疲れてるな。


「さがしもの。」


綾部喜八郎回し者説を一人勝手に脳内で遊説していると、彼は抑揚なくつぶやた。上がり調子じゃなかったそれに返す言葉が出てこなかったのでそのまま私も黙る。極自然と見つめあう形になった。今日も趣味の穴堀に勤しんできたのか、装束は土で汚れ、額に汗をかいている。綾部と汗。どこかミスマッチだ。目の前の、ちょっと前まで這いつくばってた女がそんなことを考えているなんて露とも知らないだろう彼は、私の右手をつかんだ。いきなりだったけれど、別段驚かなかった。持論参照。手のひらを上にして開かせると、綾部はその真ん中に、ひょいと指輪をおいた。私はしばらく指輪を見つめたのち、また彼に視線を戻した。無駄に派手な装飾、キラキラと太陽を反射する悪趣味なほど大きな石が真ん中にはまった指輪。これはまさしくアレだった。さるお方から頂いた、婚約指輪。なくしてはいけないのに、なくしてた、私をお縛りになる指輪様。


「どこにあったの?本当助かったよ、すっごい探しててさ。綾部よく分かったねこれ私のだって。見せたことあったっけ?まぁでもこれだけ派手だと一回見たら忘れらんないよね。どぎついって言うか、悪趣味・・・あいやいや今の無しね。聞かなかったことにして。だっ、あの、うん、こういうのが好きな人もいるよね、うん。でもあれ、私には似合わないだろみたいなね。綺麗とか綺麗じゃないとかを私の中じゃ越えちゃってるってか・・・だいたい、つけて行くところもないしさ。こんなん嵌めてたらその指だけ痩せちゃうと思わない?その前にサイズもあってないんだけどね。私薬指骨折したことあって、太いんだよ。入れて入らないことはないけど、きつくって・・・ほら、分かる?はは、我ながら女の子の手じゃないよね。えっと、とにかくありがと。恩に着ます。なくした場所とか全然思い当たらなくってさ、このまま見つからなかったらどうしようかと」


「いらないの?」


さっきの今で法則を無視し語りすぎていく私に綾部が言った。ほら無視するから。こやつはまたよく分からないこと言い出したぞ。
ぽかんとする私を無視して彼は続けた。


「なくしちゃえばいい。」


何を言うのか。私はこれを探していたんだ。なくして困ってたんだよ。なくすと困るんだよ。


「そういう顔してたから。」


どんな顔だ。別になくしたいなんて思ってない、これ本当。


「きついって言った。」


じゃあなくしちゃえばいい、とまた彼は事も無さげに言うのだ。何がじゃあなのか、だって絶対その「じゃあ」に至までには何段階かの行程があっただろうに、そういうのは全部無視して、言いたいことだけ言いたいように言うのだ。ずるいなぁもう。逃げたくて仕方ない私に、何も知らないままは嫌だと幼い子みたくだだをこねる本当の私に、鍵をちらつかせて見せるかのように、そうやってさ。くやしいね。あんただけが見つけちゃうなんて。


「それじゃ、ご教授賜ってもいいかな。」


だから私も言ってしまうのだ。ただの戯れだと心のどこかで笑う自分に気がつかないフリをして、精一杯の背伸びをして。


「なくし方、教えてよ。」


しがらみとか全部投げ出して、ただそれだけでいいって思う気持ち、わたしに教えてみせてよ。
綾部はもともと大きな目を少し見開いた。驚いたのかもしれないがそれだけだった。ブラフはってもそんなもの。分かっててもちょっとやるせない。「ふーん。」いやふーんって。「いいよ。」いやいくないいくな・・・え?


「教えて上げる。」



あれ。


どうしよう。


やたらと光る指輪より、背後に見える太陽より、額にうっすらにじむ汗の玉より。
いつもよりほんの少し目尻が下がっただけの。
いつもよりほんの少し口元が弧を描いただけのそいつの笑顔が、何より輝いて見える。
確かに見えてしまった。


どうしよう。

ねぇどうすればいい?


口に出したら、なにか変わるだろうか。
顔が熱くなってるのとか、前兆だったりする?
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