「三郎酷いよ!」 「・・・何がだよ」 「ちゃんのことに決まってるだろ、わかってるんだろ?」 俺と同じ顔がのことを言うと少しもやっとする。その気持ちを押さえ込みながら返事をする。 「大切にしてるだろ、幼馴染として」 「幼馴染って・・・三郎もずっとちゃんのこと好きじゃないか。どうしてそうなるんだよ」 軽々と言う雷蔵が憎らしい。 「ちゃんの気持ちが受け入れられないなら、きちんと言うべきだと思う」 「だって何も言ってこないだろ」 「三郎が言わせないようにしてるんじゃないか。いつもタイミング良く他の子と付き合って。ちゃんの気持ちをからかってるようにしか見えない」 流石に言い過ぎたと思ったのか雷蔵はしかめっ面をして黙った。 「・・・・・・ちゃんが色の相手を僕に頼んできた」 「!?」 「僕の気持ちは知ってるよね、三郎。君がその態度を取り続けるなら、僕は明日受け入れるつもりだ」 「・・・」 「それじゃあ」 雷蔵が立ち去った部屋は変に静まりかえった。畳に寝転がり天井の木目を見る。 雷蔵の気持ちはわかっていた。は気付いていないが、雷蔵は一途に思っている。 (もういいよ、あげちまえよ)心のどこかで俺が呟く。雷蔵はいい奴だ。そんなの分かっている。 だが雷蔵は、雷蔵だけは。 裸の二人がむつまじく絡んでいるのを思い浮かべる。は可愛く微笑んで、雷蔵は俺と同じ顔で名前に手を伸ばして、 「だめだっ!」 だめだ、むりだ。まだ他の男ならまだしも俺と同じ顔なんて(正確には俺が同じ顔だが)それなら俺が・・・、 「ああ、もうっ!!」 ****** 必死で慰めようとする雷蔵がウザい。 目前には三郎と手をつなぎ仲睦まじい様子の町娘。(また女を変えたのか)ぐらいにしか思わなかったけど、雷蔵が必死になればなるほどなんだかとても惨めで辛い。 まぁ今回は確かにタイミングが悪かった。人生初の色の授業が迫っているのだ。 仲の良い女子はすでに届けを出して辞退している。そう所謂彼氏もちだ。私はといえば非常に中途半端な立場。将来の夢は忍者!と朗らかにいえる訳でもなく、この彼氏が将来の旦那様!と惚気ることも出来ない。 期限はあさって。少し追い詰められている状況。 そもそも三郎と私との間がまず中途半端なのだ。 幼い頃に結婚しようねと誓い合ったことはある。入学してからも仲良しで、今でも一番の友達は私だと思う。素顔だって見たことある。でも接吻どまりだし、三郎はもてるから次々とお相手を変えていく。 初めて三郎に彼女(と言うのは正直はばかられる)ができた時の衝撃。(あれ、私彼女じゃなかったっけ?浮気?)驚きすぎて顎が外れるかと思った。だがよくよく考えたら、私達の関係はただの仲の良い幼馴染であってそれ以外のなにものでもない。それに気付いた時の二回目の衝撃。(私の勘違い・・・なんて恥ずかしい)だけど私は何でもない顔をしていた。今までと同じように三郎と話し触れ合い、今までと同じように笑っていた。そのうちざわついていた周りもそれが当たり前のようになり落ち着いた。 「、あれどうするの?」 あれ、とは色の授業だ。唯一すべてを知る雷蔵は私の良き相談役。初めての衝撃から泣きに泣く私を優しく慰め続けてくれていた。 「どうしよう」 「三郎に言うつもりだったんだよね」 そう今回のことを機に三郎に告白というものをするつもりだったのだ。丁度珍しく三郎も彼女がいなかったし、不毛な関係を終わらせたかったのだ。正直少し自信もあった。なんだかんだで三郎はいつも私を大切にしてくれる。彼女がいるときも優先して。 現実は、50%の可能性が100%の失恋に変わったが。 目の前で団子を食べさせあっている二人を見ていたら腹が立って仕方ない。(団子ごときでいちゃついんてんな) 「僕から三郎に言おうか」 (何をだ) 雷蔵が同じ顔の三郎に愛の告白(しかも私の)をしている様子を想像すると笑える。 (そうか、同じ顔―か・・・) 「ねぇ、雷蔵。お願いがあるんだけど」 ****** 「そりゃ、三郎が悪いな」 一人でウジウジと悩むのが嫌で雷蔵以外の人の温もりを求めにいくなんてらしくもないものをしに行くと、いつもの三人がいつも通りたむろしているわけで挙動不審な俺を問いただし、ばっさりと断罪するのは豆腐馬鹿。 「だって三郎がと付き合えば解決じゃん」 「とは言ってもお前なぁ」 隣でうんうんと頷いている勘右衛門が「何ためらってんの?雷蔵にとられちゃうよ?」と口を出す。 「確かに。三郎って女と付き合うのためらったことないのに、今更じゃん」 「・・・恋人は別れなきゃいけないだろ」 「は?」 「付き合って別れたらどうするんだって言ってんだよ!友達ならずっと一緒じゃないか」 兵助と勘右衛門が顔を見合わせて噴出す。容赦なく腹を抱えて笑い出すのが八。 「わっ笑うなよっ!!」 「だってお前。女に百戦錬磨でーす、別れるのもお手の物みたいな面して」 「それでは何年も苦しめられたのか、もう雷蔵に譲れよ可哀想だ」 「そうだよ、名前ちゃんみたいな良い子俺でもいいぜ」 「虫好きだから八は駄目」 身を乗り出す八にキッパリと言うと、笑いはさらに盛り上がる。 「じゃあ僕は?」 「人の悪さが身につきそうだから駄目」 「俺は?」 「豆腐が好きだから駄目」 そこまで言うと三人は流石に呆れ顔だ。 「結局同じ顔が嫌なんじゃなくて、自分以外がいやなんじゃないか」 正論すぎる正論にぐうの音も出ない。 「そろそろ素直にならないと本当に取られちゃうからね」 ****** 「おい」 振り向くと三郎が苦い顔をして立っている。 片思いというものは因果なもので三郎がだんだん変装がうまくなるにつれ見抜くのも比例してうまくなっている。 「なによ」 「明日提出のやつ出せ」 命令口調で言う彼にいささかカチンと来て「イヤよ」と言うと彼は更に強い口調で「出せ」と言った。 よくわからないが三郎は機嫌が悪く、怒らすのも面倒なのでしぶしぶと一枚の紙切れを渡す。 「雷蔵、ねぇ」 一切れの紙に名前が書いてあるだけのそれをじっくり見た三郎は声を上げる暇も無くなくびりりと破いた。 雷蔵の名前が何を意味するのかは情報通の彼のことだから知っていたのだろう。 でも、 「どうして破くの」 その一言だけできっと三郎にはわかるだろう。 告白もさせないくせに。彼女がいるくせに。"ただの"幼馴染に破る権利は無い。 黙る幼馴染を見つめていると重い口を開きはじめた。 「・・・俺はを受け入れられない」 え? 心が固くなる。それと同時にひやりと心臓が冷たい手で握られた気がする。 苦しい 薄々と感じていたことをはっきりと告げる一言は今の私にとっては痛すぎる。 なぜこの男はわざわざそれを告げにきたのか。 私が三郎を見る目にきっと初めて憎しみがこめられただろう。 三郎は青ざめた私を見て少し慌てたように言葉をつむいだ。 「だ、だけどが雷蔵と一緒にいるのを見るのはもっと嫌なんだ」 意味がわからない。 「私に恋愛するなって言ってんの?」 「違う。違うんだ・・・」 また黙ってしまう三郎はなんだか私より苦しそうに見えた。 「さぶろ?」 「俺は一生と一緒にいたい」 はっきりと言われたそれは愛の告白ではないのなら一体なんなんだろう。感情がついていけない。ほぼ無感覚になって三郎の言葉を受け止める。 「もし恋愛が俺たちの間に入ってしまったら一体どうなるだろう」 それが怖い、とかすり声で呟く。彼女を何人もふってきた三郎の言葉ではないがどうやら本気らしい。ようやく少しわかったような気がした。結局私たちは近すぎたのだ。 「・・・新しい娘はどうしたの?」 「別れた」 ごめん、と心のなかでその女の子に呟いた。深呼吸をする。これを逃したら永久に三郎がいなくなってしまうんじゃないかとそんな気がした。 「・・・・・・私は、三郎に初めての彼女ができた時すごいショックだった」 「」 「でも離れなかった。三郎にこれから新しい彼女ができても、三郎が私のこといらないって言っても・・・離れない」 真剣に聞こえるように彼に真実に聞こえるように神にも仏にも祈ったことが無い私が初めてなにかにすがりついた。 そんな私の心境なんて彼は知る由もないのだろう。 彼は「わかった」とそれだけ言っていなくなった。 少しして、感情がようやく追いついてきたのか、ほろりとほんのちょこっとだけ涙がこぼれた。 (今日は早く寝よう) ****** 結局私は辞退の届けも誰の名前を出さなかった。(雷蔵には平謝りで謝ったが・・・) そしてシナ先生に呼び出される。雷が落ちることを覚悟したが「授業の件受諾しました。後日代わりの実技を受講してね」とだけ優しく声を掛けてくださった。 「あ、こんどは変装しないでおいでなさいと伝えておいてくださいね」 三郎とは一言も話していない。 だがあの場を飛び去る前にみた微笑は見間違いではなかったのだろう。 さあ問いただしてやらねば。 忍玉長屋に向かう足が妙に弾むのを抑えることはできなかった。 |