は小さな悩みを抱えていた。
夜、眠りにつくことができないということだ。
悩みがあるから、眠れないのではない。
眠れないことが、悩みなのだ。
保健の先生が言うには、軽い不眠症だとのこと。
体を動かしたり、ご飯をしっかり食べたり、枕を変えてみたり。
とにかく様々なことには挑戦してみた。
しかし、どれもあまり効果は無かった。
最近では目の下に隈も出てきて、友人にまで心配をかける始末。
今からの演習にも影響が出てしまいそうで、はため息をついた。
「えっと、あとは火薬……」
演習の準備を進めながら、は火薬倉へと足を運んでいた。
丁度、掃除をしている火薬委員の姿があった。
「すみません、火薬を借りたいんですけど」
「あ、はい。ちょっとまってくださいー」
一年生の火薬委員は、そう言って奥へと入っていく。
交代で出てきたのは、瑠璃色の制服の人物。
久々知兵介。
知り合いというわけではないが、が知っている人物。
優秀な上に容姿端麗。
が憧れともいえるような感情を抱く人物でもあった。
「じゃあ、この紙に火薬の量と組と名前を書いてもらえる?」
「あ、はい」
紙と筆を受け取り、下を向くとくらりと眩暈がした。
こんなところで倒れるわけには、と、我慢しながら筆を進めていく。
火薬の独特の落ち着いた匂い。
倉の中から伝わる、ひんやりとした空気。
そして。
(あ)
の意識は、ゆっくりと沈んだ。
目覚めたが見たものは、夕闇に染まった保健室の天井だった。
話によると、どうやらあのまま気絶―もとい、眠りについたらしい。
不眠が直ったわけではなく、恐らく身体的限界だと先生は言っていた。
そして、ここまで運んでくれたのは、兵介だということも。
お礼を言いそびれたことや運んでもらった気恥ずかしさや結局実習を休んでしまったことなど。
思うところは多すぎるほどで、は情けなく思いながら部屋へ帰った。
夜。
月だけが明りとなる暗闇。
虫の声だけが小さく聞こえる静寂。
火薬委員長代理久々知兵介は、火薬庫の扉を少し開いていた。
開いた状態で、止まっていた。
「…………こ、こんばんは」
寝巻きのが、膝を抱えて苦笑いを浮かべていた。
「ええっと、その」
(何で、久々知君!?)
困ったようにあわてるに、兵介は笑みをこぼした。
「隣、いい?」
「え!?あ、うん……」
月明かりが差し込む火薬庫の中、二人は並んで座った。
「えっと、久々知君は、どうしてこんな時間にここに?」
「ちょっと気になることがあって。さんは?」
「ここなら眠れるかなと思って……あれ、名前」
「紙に書いてたから」
そういえば、とは昼間のことを思い出した。
「昼間はご迷惑をおかけしてすみません」
「気にしなくていいよ。それより、大丈夫だったのか?」
「うん、ただ眠っちゃっただけだから……今は、そうなりたくてもならないんだけど」
昼間は、ここに来て眠ってしまった。
なら、もしかしたら、ここにくれば眠れるんじゃないかと。
そんな淡い期待があったのだが、どうやら外れてしまったようで。
「何か、眠れない原因があるのか?」
「うーん、そういうわけではないと思うんだけど」
「そっか……」
心配していたのか、兵介はほっとしたように息をつく。
「でも、やっぱりつらいんじゃないか?」
「……夜に一人でずっといるのが少し怖くなったりはするかな」
「俺でよければ、話し相手くらいにはなるよ」
「え、でも久々知君何か用事があって」
こんな夜中にここに来たんじゃ、と。
申し訳なく思いその顔を見る。
兵介は少し困ったように目をそらしながら、口ごもる。
「いや、そのために来たんだし」
「え」
くらり。
頭が揺れるような感覚。
同時に、ゆっくりと働きをやめていく頭。
眠ろうとしていたのに、あまりに不意に訪れたそれに、戸惑いながら抗おうとしてしまう。
ふと伸ばされた手が、の頭を傾ける。
傾いて、ちょうど兵介の肩に頭がのった。
「いいよ」
落ち着くような声が、のまどろむ意識に届く。
その心地よさに、ゆっくりと目を閉じた。
「久々知君」
「さん?」
翌日昼の火薬庫。
委員会の仕事をする兵介の元に、がやってきた。
「えっと、昨日はありがとう。わざわざ部屋まで運んでくれて」
「ぐっすり眠れた?」
「おかげさまで……えっと」
少々口ごもりながら、が兵介を見る。
兵介は不思議そうに首をかしげた。
「さん?」
「……私、火薬庫だから眠くなったと思ってたんだけど、そうじゃなかったみたいで」
「もしかして、また眠れないとか?」
「そうじゃなくて、……あのね」
「久々知君がいてくれると、眠れるんだと、思う」
眠りの家 (そういえば、最初のときも、君がいた)
(ご、ごめんね変なこと言って……!?)
(え、あ、いや……俺としては、むしろそうして欲しいけど)
(え)
(心配じゃなかったら、わざわざ夜中に火薬庫には行かないよ)
(え!?)