恋は病と申します。
色も恋も忍の三禁、破ってはならぬ掟なら
犯して人と成りぬるか、守って忍となりましょう。

 近頃くのいちでは呪いというものが流行っている。のろい、ではない。まじないと読む。やれ誰が好きだのいい成績が取れるようにだの、手順通り願えば叶えてくれるそうだ。
 けれどはそんなものは信じていない。忍には希望など不要である。惚れた腫れたも願いも無用なのだ。さらに言えば、他のくのいちのように色恋に走る気も、にはなかった。
 吾唯足るを知る。
 は現状に満足していた。
 とはいえ、恋は意図してするものでもなければしないと決めてもその通りにいくものでもない。
 には、好きな人がいる。


「久々知先輩」
「ごめん、待たせたかな」
「いえ、全然」

よかった、と微笑んで久々知はに手を差し出す。

「行こうか」
「今日はどちらへ」
も好きだろう、あんみつ。食べにいこう」
「はいっ」

少し迷ってその手を取ると、久々知は愛おしそうにを見つめていこう、と促す。
久々知に優しく手を引かれながら、こんなに幸せでいいのかしら、とは時折思う。

 もちろんは、色恋に溺れる気はさらさらなかった。当然、見つめるだけでいいと思っていたし、どうにかなりたいなどと願うこともなく、淡く芽生えた恋心を胸に押し抱いて、決して他人には悟られぬようにとひた隠しにしてきた。己の恋心を抑えられぬようでは、忍失格だとすら考えている。

幸せすぎて不安になる。けれど、今だけは、と自分に言い聞かせる。
、と名前を呼ぶその唇を恋しく思う。
その声が愛おしくて、伸ばされた手に触れるだけでドキドキする。

「久々知先輩」
「ん?」
「好きです」
「オレも」

何もせずとも同じときを共有するだけで、嬉しかった。
恋とはこういうものか、と、生まれて初めては実感している。

 願う気などなかった。けれど恋しく思う気持ちは変わらない。夢くらい、見たっていいではないか。
もとより、親しかったわけではない。

、手元気をつけて」
「はい」
「もっと丁寧に均等に混ざるように」
「はい」

 火薬委員長代理だと、聞いていたから。火薬の調合を教えてくださいと声を掛けたら懇切丁寧に教えてくれた。ひとつ年下の、くのいちの、見知らぬ自分にこんなにも親切にしてくれた、そのことがの脳裏に焼きついて離れなかった。
 その日から、の瞳は久々知を探すようになった。いつの間にか、の脳内を、久々知ばかりが支配していた。
 けれど、それまでである。例えば、声を交せるだけで、目が合うだけで、は満足している。


 それが、こんな風になったのは何がきっかけだったか。
 普段あまり関わらない、つまり恋に現を抜かすくのいちたちの噂話を耳に入れたのが最初であった。その足で、久々知に会いに行った。手先だけは、手先の器用さには、自信があった。くのいちたるもの、そうでなければならない。体力や力では男に劣るのだから。その時掠め取った手裏剣が、今手元にある。久々知兵助の手裏剣が。


、おはよう」
「おはようございます」

 久々知はマメだ。
 ただの顔見知りの自分にも、こうして声をかけてくれる。微笑み返すこともないにも、笑顔を向けて隣へ座る。
 いただきます、と両手を合わせて、綺麗な持ち方で丁寧に箸を運ぶ。その、豆腐を食む唇が、自分のものだけならいいのにと思いながら、はさっさと食事を終えて久々知の隣を去った。傍にいると心の臓が破裂してしまいそうだった。


「あ、先輩」
「明日、授業のあと暇か」
「え」
「豆腐屋に行かないか」
「え、と」
「あぁ、忙しかったらいいんだ」
「…ごめんなさい」

気にするな、と先輩が髪を撫でてくれる。
手の感覚も温もりも、感じることはできない。
明日の約束を、はしない。その明日は、来ないと知っているから。

 毎朝目覚めるとは燭台から燃え尽きた蝋を取り除く。そして、真新しい白い蝋燭を刺しておく。
 寝る前に、は久々知の手裏剣を手に蝋燭を彫る。久々知兵助。
 くのいち達の間で流行っている呪いだ。好きな人の手裏剣で、好きな人の名前を彫り、燃やして眠ると夢で会えるという。
 夢に一貫性はない。そして夢はあくまでも、夢だ。夢で会う以上のことをは、望んではいない。このまじないをするようになって、本当に久々知と夢の中で逢瀬を重ねたとしても、そこから先を望むことをはしなかった。

 所詮、夢は夢である。

 たとい現で久々知が誤っての名前を口にしたとしても、が久々知の視線を感じていたとしても。
 夢は夢である。


、今日」
「豆腐屋にでも行かれるんですか」
「え」
「ごめんなさい、今日は、用事があるので」
、じゃない、…」

 久々知と対峙する時のは、非常に淡白である。本人はそれもそのはず、現に色恋に溺れるつもりはさらさらない。
 過剰に関わりを持つことが怖かった。夢で我慢できているのが不思議なくらいで、けれど夢で会えるから堪えることが出来るのかもしれなかった。


 毎日、久々知のことを考える。
 毎日、蝋燭に久々知の名前を彫る。
 毎日、その蝋燭に火を灯し、夢を見る。

 今日も、ろうそくの匂いがする。
 瞳を閉じれば、久々知が笑っているのだ。
 だけをその瞳に写して。
 このまま目覚めなければいい、と、一時願うこともなくもないが、
 は今日も眠りにつく。
 ろうそくの匂いは、夢で会う久々知の匂いそのまま。
 最近、廊下ですれ違った久々知から同じ匂


ろうそくの匂いがする

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